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カワサキのバイクの特徴や歴史

多角経営で生き残りに成功したカワサキモータースジャパン

戦後間もない時期には数百と存在していた国内二輪車メーカーですが、統廃合が進んだ結果4社のみとなりました。

その中でも最も異色な存在といえるのがカワサキモータースジャパンです。

日本四大メーカーであるHONDA、YAMAHA、スズキはいずれも静岡県浜松市を中心に発展した企業であるのに対し、カワサキはもともと東京湾で造船業を営む中でバイク製造を開始した、という独特のルートを持っています。

「カワサキ」という社名から京浜工業地帯の中心地である川崎市を発端にしているように思う人もいるようですが、実際は東京で開業をした企業の創始者が川崎正蔵であることから来ています。

川崎正蔵は1837年に生まれた鹿児島の呉服商人の息子であり、若い頃は長崎で貿易と海運業を学んでいました。

実際に船乗りとして過ごした期間もあり、その中で造船の知識を得て41歳の時に東京湾に面した川崎築地造船所を設立します。

創業から7年後には日清戦争が起こり、この時に造船の需要が大きく伸びたこともあって一躍大企業へと成長しました。

大規模な造船施設が必要になったことからこの時に株式会社として組織を作り、川崎正蔵は隠居をして同郷で恩のあった松方正義の三男である松方幸次郎を後継者に指名します。

そうしてできたのが川崎造船所で、1896年に設立されてから1902年に神戸へと拠点を移して造船以外の重工業へと経営の軸を展開したのです。

鉄道車両や客車、橋桁といったようなものも作るようになった川崎造船所でしたが、1918年には航空機工場や自動車部を作り、多くの動力機器を製造していきました。

バイクメーカーとしては後発ながらも独自のエンジンで人気

日本国内では1930年代頃から急激にバイクの需要が高まります。
そこで川崎航空機もバイク製造へと乗り出し、「RSY号」という250ccバイクをリリースしました。

その後も「明発(メイハツ)」という名前でいくつかモデルを作ることから、川崎明発工業というバイク専門会社を作っています。

時代は1959年にホンダが世界GPに初参戦するなど二輪車の大ブームが起こっている頃で、川崎明発工業はより本格的なバイク事業へと乗り出すために技術者を東京から明石市へと招聘し、単車の製造を本格的に開始しました。

バイクメーカーとして成功をするきっかけとなったのは、1962年に発売した125B8というモデルです。

それまでカワサキのバイクはGPでも芳しい成績を残せず苦戦をしていたのですが、当時の技術者であった松本博之がカワサキバイクのユーザーの多い東北地方を周り、よりニーズにあったバイクをということでB8を開発したのがきっかけでした。

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